中学歴史で学ぶ天皇の覚え方と語呂合わせ|推古天皇から後醍醐天皇まで

中学歴史で学ぶ天皇の名前一覧と覚え方

飛鳥時代 推古すいこ天皇
  • 日本最初の女性の天皇。
  • 聖徳太子しょうとくたいし摂政せっしょうにした。
天智てんじ天皇
  • 中大兄皇子なかのおおえのおうじが即位して天智てんじ天皇となった。
  • 没後、跡継ぎ争いから壬申じんしんの乱(675年)が起こった。
天武てんむ天皇
  • 壬申じんしんの乱で勝った大海人皇子おおあまのおうじが即位した。
奈良時代 聖武しょうむ天皇
  • 仏教を厚く信仰し、仏教の力によって国を守り国を治めようと考えた。
  • 奈良の都に東大寺とうだいじと大仏をつくった。
  • 国ごとに国分寺こくぶんじ国分尼寺こくぶんにじを建てた。
平安時代 桓武かんむ天皇
  • 794年に都を平安京へいあんきょうに移した。
白河しらかわ天皇
  • 1086年に天皇の位をゆずり白河しらかわ上皇となってからも政治をおこなう院政いんせいをはじめた。
鎌倉時代 後鳥羽ごとば上皇
  • 鎌倉幕府を倒すために兵をあげた(1221年:承久じょうきゅうの乱)。
  • これに敗れて隠岐おき(おき:島根県)に流刑るけいとなった。
  • 新古今和歌集しんこきんわかしゅう』は、後鳥羽ごとば上皇の命によって、貴族や僧などの和歌がまとめられた。
室町時代 後醍醐ごだいご天皇
  • 1333年、鎌倉幕府を倒して、天皇中心の政治である建武けんむ新政しんせいをおこなった。
  • 足利尊氏あしかがたかうじが京都で新しい天皇を立てたことで、後醍醐ごだいご天皇は、吉野よしの(奈良県)に逃れて対立した。(南朝なんちょうを開いた)

ねこ
ではここから、実際にそれぞれの天皇(または上皇)の名前と、それに関連することがらを連想される語呂合わせを見ていきます。
坂田先生
時代ごとや、似た名前ごとに区別できるように、それぞれ次のようなかたまりにわけました。
飛鳥時代
推古天皇、天智天皇、天武天皇

の違いを覚える語呂合わせ&一問一答はこちら↓
推古天皇、天智天皇、天武天皇の違いの覚え方&語呂合わせ|中学歴史

〇武天皇

天武天皇(飛鳥時代)

聖武天皇(奈良時代)

桓武天皇(平安時代)

の違いを覚える語呂合わせ&一問一答はこちら↓
天武天皇、聖武天皇、桓武天皇の違いの覚え方&語呂合わせ|中学歴史

さらにこちらも関連事項です。
【中学歴史】法隆寺(聖徳太子)、東大寺(聖武天皇)の違いの覚え方|語呂合わせ

平安時代

桓武天皇、白河天皇

の違いを覚える語呂合わせ&一問一答はこちら↓
中学歴史で学ぶ平安時代の天皇の覚え方|桓武天皇、白河天皇の違い語呂合わせ

後〇〇天皇(上皇)

後鳥羽上皇(鎌倉時代)

後醍醐天皇(室町時代)

の違いを覚える語呂合わせ&一問一答はこちら↓
後鳥羽上皇、後醍醐天皇の違いの覚え方&語呂合わせ|中学歴史

中学歴史で学ぶ天皇の名前一問一答

練習問題

日本最初の女性の天皇で、聖徳太子を摂政にしたのは、(    )。

推古天皇

中大兄皇子が即位し(    )となる。その死後、跡継ぎ争いから壬申の乱が起こった。

天智天皇

壬申の乱で勝利し、大海人皇子が即位した天皇は(    )。

天武天皇

仏教の力によって国を守り治めようと考え、奈良の都に東大寺と大仏をつくったのは(    )。

聖武天皇

794年に都を平安京に移したのは(    )。

桓武天皇

1086年に天皇の位をゆずり上皇となってからも政治をおこなう院政をはじめたのは(    )。

白河天皇(白河上皇)

鎌倉幕府を倒すために兵をあげた承久の乱(1221年)を起こし、隠岐に流刑となった上皇は(    )。

後鳥羽上皇

1333年、鎌倉幕府を倒して天皇中心の政治である建武の新政をおこなった天皇は(    )。

後醍醐天皇
ねこ
次に天皇の名前が問題文にある一問一答です。
練習問題

推古天皇が摂政とした人物で、冠位十二階や十七条の憲法を定めたのは(    )。

聖徳太子

天智天皇の没後、跡継ぎ争いから672年に起こった、大海人皇子が勝利した戦いは(    )。

壬申の乱

聖武天皇が仏教の力で国を治めるために、奈良の都につくらせた巨大な寺院は(    )。

東大寺

桓武天皇が、都を奈良から移し、平安時代が始まった場所は(    )。(794年)

平安京

白河天皇が天皇の位をゆずり上皇となってからおこなった政治を(    )という。(1086年開始)

院政

後鳥羽上皇が鎌倉幕府を倒すために兵をあげ、敗北して隠岐に流された戦いは(    )。(1221年)

承久の乱

後鳥羽上皇の命によって、貴族や僧などの和歌がまとめられた和歌集は(    )。

『新古今和歌集』

後醍醐天皇が鎌倉幕府を倒した後に、天皇中心の政治をめざしておこなった政策を(    )という。(1333年)

建武の新政