後鳥羽上皇、後醍醐天皇の違いの覚え方&語呂合わせ|中学歴史

ねこ
今回覚えることです。

鎌倉時代 後鳥羽ごとば上皇
  • 鎌倉幕府を倒すために兵をあげた(1221年:承久じょうきゅうの乱)。
  • これに敗れて隠岐おき(島根県)に流刑るけいとなった。
  • 新古今和歌集しんこきんわかしゅう』は、後鳥羽ごとば上皇の命によって、貴族や僧などの和歌がまとめられた。
室町時代 後醍醐ごだいご天皇
  • 1333年、鎌倉幕府を倒して、天皇中心の政治である建武けんむ新政しんせいをおこなった。
  • 足利尊氏あしかがたかうじが京都で新しい天皇を立てたことで、後醍醐ごだいご天皇は、吉野よしの(奈良県)に逃れて対立した。(南朝なんちょうを開いた)

ねこ
「後鳥羽」と「後醍醐」って名前が似ていて、どっちが鎌倉幕府と戦って、どっちが倒したのかがごっちゃになるよ!承久の乱や建武の新政の流れを整理したいな。
坂田先生
この二人は、どちらも幕府に反抗した天皇ですが、「戦って負けた人」と「倒すことに成功した人」という決定的な違いがあります。名前と出来事、そして年号を連想で結びつけて、しっかり区別しましょう!

後鳥羽上皇の語呂合わせ:承久の乱、新古今和歌集

ねこ
後鳥羽上皇といえば、承久の乱(1221年)で幕府に敗れて流された人だよね。和歌のイメージも強いけど、どう覚えたらいいかな?
坂田先生
名前の「鳥羽」を「言葉」に、そして承久の乱の年号(1221年)を和歌のランキングに見立てて連想しましょう。
覚え方:後鳥羽上皇→承久の乱、和歌
後鳥羽上皇は言葉上皇と連想して

言葉⇒和歌という連想で覚える。

さらに、1221年承久の乱という年号は、

1位と2位だけの上級の和歌の対決で負けた、と覚える。

坂田先生
ちなみに、後鳥羽上皇が承久の乱に敗れた後、幕府は朝廷の監視のために六波羅探題を京都に設置しました。

後醍醐天皇の語呂合わせ:建武の新政、1333年

ねこ
後醍醐天皇は、1333年に鎌倉幕府を倒した人。この成功と、その後の建武の新政をセットで覚えたいな。
坂田先生
「醍醐(だいご)」を「だんご」に、そして年号(1333年)をその団子に見立てて、連想をスタートさせましょう。建武の新政も簡単な言葉に置き換えます。
覚え方:後醍醐天皇→建武の新政、1333年
後醍醐⇒だんご、と連想する。

1333←だんごが並んでいる。

建武新政⇒けむし、と省略する。

だんごに毛虫がのっている図を思い浮かべる。

坂田先生
ちなみに、建武の新政は武士の不満を集めた足利尊氏の裏切りによってわずか3年で崩壊し、後醍醐天皇は吉野に逃れて南朝を開き、南北朝時代へと突入しました。

練習問題&覚え方まとめ

ねこ
最後に、2人の天皇・上皇と関連する出来事を整理しておきましょう!
練習問題

鎌倉幕府を倒すために兵をあげたが、敗れて隠岐に流されたのは( )上皇である。

後鳥羽

1333年に鎌倉幕府を倒し、建武の新政を行ったのは( )天皇である。

後醍醐

承久の乱を起こしたのは( )上皇である。

後鳥羽

南朝を開いて足利尊氏と対立したのは( )天皇である。

後醍醐

承久の乱が起こった年号は( )年である。

1221

建武の新政が行われたのは( )年である。

1333
坂田先生
覚え方のまとめです。
後鳥羽上皇→承久の乱、和歌の覚え方
後鳥羽上皇は言葉上皇と連想して

言葉⇒和歌という連想で覚える。

さらに、1221年承久の乱という年号は、

1位と2位だけの上級の和歌の対決で負けた、と覚える。

後醍醐天皇→建武の新政、1333年の覚え方
後醍醐⇒だんご、と連想する。

1333←だんごが並んでいる。

建武新政⇒けむし、と省略する。

だんごに毛虫がのっている図を思い浮かべる。