
ねこ
平安時代の後半に始まった「院政」って、誰がいつ始めたのか、摂関政治と何が違うのか、テストでいつも迷っちゃうよ……。
坂田先生
天皇が位を譲ったあとも実権を握り続けた超重要な政治改革ですね!開始された年号の1086年、白河上皇、院政というキーワードを一発で覚えられる楽しい語呂合わせを紹介します!
ここで覚える基本情報一覧
| 政治形態 | 開始年号 | 始めた人物 | 政治を行った場所 | 主な特徴と歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|
| 院政 | 1086年 (平安時代後期) |
白河上皇 (のちに法皇) |
院庁(上皇の御所) | 天皇位を幼い堀河天皇に譲って上皇となり、藤原氏(摂政・関白)の影響力を排除して実権を掌握。北面の武士を組織して武士を警護に用い、武士が中央政界へ進出する足がかりとなった。 |
院政(1086年・白河上皇)の語呂合わせ:いっせいにハロー!白い顔のジョーク!
ねこ
院政と1086年、白河上皇はどうやって覚えればいい?
坂田先生
「いっせいに(院政)ハロー(1086年)!白い顔のジョーク(白河上皇)!」という語呂合わせで、キーワードをまるごと楽しくイメージしましょう!
覚え方:院政、白河上皇が1086年に開始
ねこ
白い顔のジョーク(白河上皇)からいっせいに(院政)ハロー(1086年)!笑っちゃうくらい覚えやすいね!どうして天皇をやめてから政治を行ったの?
坂田先生
天皇の位にとどまっていると、儀式に追われたり、法律や藤原氏(摂政・関白)のルールに縛られて自由な政治がやりにくかったのです。そこで、息子の堀河天皇に位を譲って自分は上皇となり、摂関家を無視して自分の御所(院庁)から直接命令(院宣)を出して政治の実権を握りました。
ねこ
なるほど!藤原氏の力を抑え込むための作戦だったんだね!院政が始まって武士たちにはどんな変化があったの?
坂田先生
白河上皇は、興福寺や延暦寺などの大寺院の僧兵たちの暴動に対抗するため、身辺警護として「北面の武士」を組織しました。ここに平氏や源氏の武士が登用されたことで、武士が政治の表舞台で急速に力を伸ばすきっかけとなったのです。
練習問題&覚え方まとめ
ねこ
院政の仕組みと歴史の流れがすっきり理解できたよ!さっそく練習問題に挑戦してみよう!
坂田先生
素晴らしいですね!テストでよく問われる重要ポイントを全8問用意しました。タップして答えを確かめながら解いてみましょう!
練習問題&関連問題
1086年、天皇を退位した上皇が政務の実権を握って始めた政治形態を( )という。
1086年に院政を開始した上皇は( )上皇である。
白河上皇が院政を開始した年は西暦( )年である。
天皇が位を譲って退位したあとに贈られる尊称を( )という。
上皇が出家して仏門に入ったあとの尊称を( )という。
白河上皇が寺社の強訴(僧兵の暴動)や御所の警護のために置いた武士団を( )の武士という。
平安時代中期に藤原氏が代々摂政や関白に就いて行った政治を( )政治という。
白河上皇のあとも、鳥羽上皇や( )上皇らによって約100年間にわたり院政が続けられた。
院政
白河
1086
上皇
法皇
北面
摂関
後白河
坂田先生
最後に、今回紹介した語呂合わせをまとめて復習しましょう!
覚え方:院政、白河上皇が1086年に開始

【覚え方】
院政⇒いっせいに
1086年⇒ハロー!
白河上皇⇒白い顔のジョーク
坂田先生
白い顔をした大勢からいっせいに「ハロー!」とあいさつしてくるジョークをかまされた気持ちを想像してください。








































【覚え方】
院政⇒いっせいに
1086年⇒ハロー!
白河上皇⇒白い顔のジョーク